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CASBEE(建築環境総合性能評価システム)とは?環境に配慮した建築の指標を解説

現代において、真に「良い建築」とは何を指すのでしょうか。それは、美しいデザインや優れた機能性だけではありません。地震などの自然災害から人々の生命と財産を守る「強さ」、そこで過ごす人々の心身の健康や快適さを育む「心地よさ」、そして地球環境への負荷を最小限に抑える「持続可能性」。これらすべてが高度に調和した空間こそが、21世紀に求められる建築の姿です

しかし、これらの要素は時に相反する要求を生み出します。例えば、開放的で明るい大空間は快適な環境を生み出しますが、構造的な安定性や断熱性能の確保という点では挑戦的な課題となります 。このジレンマを乗り越え、建築の総合的な価値を客観的に評価するために開発されたのが、日本独自の評価システム「CASBEE(キャスビー)」です。

CASBEEは単なる省エネ性能のチェックリストではありません。建築物が環境、社会、そして利用者に対してどれだけ優れた価値を提供しているかを総合的に評価するための、いわば「ものさし」です 。本稿では、建築環境と建築構造の専門家集団であるアルキテックの視点から、CASBEEの本質とその評価の仕組み、そしてそれがもたらす多角的なメリットについて、専門的かつ分かりやすく解説します。

CASBEEの本質:その仕組みと評価の考え方

CASBEEを理解する上で最も重要なのは、その評価がどのように構成されているかという基本思想です。

CASBEEとは?

CASBEEは「Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency(建築環境総合性能評価システム)」の略称です 。2001年に国土交通省の支援のもと、産官学が連携した共同プロジェクトとして開発が始まり、継続的な改良が重ねられている、信頼性の高い日本の標準的な評価システムです

その目的は、省エネルギー性能や環境負荷の少ない材料の使用といった環境配慮だけでなく、室内の快適性、景観への配慮、建物の耐久性など、建築物の品質を総合的かつ客観的に評価することにあります

評価の二つの柱:「Q(建築物の環境品質)」と「L(建築物の環境負荷)」

CASBEEの最も独創的な特徴は、評価の対象を「仮想的境界」という概念を用いて二つの側面に分けて捉える点にあります 。この境界は、建築物とその敷地を囲むように設定されます。

  • Q(Quality)建築物の環境品質 これは、仮想的境界の「内側」における性能を評価する指標です。建物が利用者に対していかに快適で健康的、かつ安全な環境を提供しているか、また敷地内の緑化などを通じて、その場所自体の質をどれだけ高めているかを測ります。つまり、「人々と敷地にとっての価値向上」が評価軸となります 。
  • L(Load)建築物の環境負荷 こちらは、仮想的境界の「外側」へ与える負の影響を評価する指標です。建物の建設から運用、解体に至るまでのライフサイクル全体で、どれだけエネルギーや資源を消費し、CO2や廃棄物を排出するかといった、地球環境全体への負荷を測ります。これは「地球環境への負荷削減」が評価軸です 。

このQとLのフレームワークは、単なる評価手法にとどまりません。それは、優れた建築とは何かという哲学そのものを内包しています。例えば、環境負荷(L)の低減のみを追求し、窓が極端に小さく閉鎖的な建物は、Q(環境品質)が低く評価されます。逆に、利用者にとって快適(Q)であっても、エネルギーを大量に消費する(L)建物もまた、総合的には評価されません。

CASBEEは、このQとLのバランスを重視することで、設計者に偏った最適化ではなく、統合的な視点での設計を促します。これは、私たちアルキテックが常に追求している「建築環境と構造設計の融合」という思想と深く共鳴するものです。建築を支える二つの柱が対立するのではなく、互いを高め合う関係性を築くこと。CASBEEは、その設計思想の達成度を客観的に示す指標と言えるでしょう

環境性能効率「BEE」と5段階のランキング

CASBEEでは、最終的な評価結果を「BEE(Built Environment Efficiency:建築物の環境性能効率)」という一つの指標で分かりやすく示します。BEEは、建築物の環境品質(Q)を分子に、環境負荷(L)を分母とする比率で算出されます

BEE=L (建築物の環境負荷)Q (建築物の環境品質)​

この式が示すように、環境品質(Q)が高く、環境負荷(L)が低い建築物ほど、BEEの値は高くなります。評価結果は、このBEE値に基づいて、Sランク(素晴らしい)からCランク(劣る)までの5段階で格付けされます 。一般的にB+ランク以上が良好な水準とされ、AランクやSランクは極めて優れた環境性能を持つ建築物であることを意味します 。この明快なランキングシステムにより、専門家でなくとも建築物の環境性能を直感的に理解することが可能になります

評価項目を深掘りする:Q(建築物の環境品質)の中身

それでは、具体的にどのような項目が評価されるのでしょうか。まず、利用者のウェルビーイングや建物の長期的な価値に直結する「Q(建築物の環境品質)」から見ていきましょう。

評価軸大項目主な評価内容
Q(建築物の環境品質)Q1: 室内環境音、温熱、光、空気質など、利用者の健康と快適性に直結する性能
Q2: サービス性能機能性、耐用性・信頼性(耐震性能等)、更新性など、建物の長寿命化と利便性
Q3: 室外環境(敷地内)生物環境の保全・創出、まちなみ・景観への配慮、地域のアメニティ向上
L(建築物の環境負荷)LR1: エネルギー省エネルギー性能、自然エネルギー利用による運用時のCO2排出削減
LR2: 資源・マテリアル節水、持続可能な材料利用、廃棄物削減など、資源の効率的利用
LR3: 敷地外環境地球温暖化、ヒートアイランド現象、大気汚染など、敷地外への影響抑制

Q1: 室内環境 – 健康と快適性の追求

このカテゴリーは、建物内部の環境が人間にとってどれだけ良質であるかを評価します。単に不快でないというレベルを超え、人々の健康や知的生産性を積極的に向上させる空間づくりが求められます。評価は以下の4つの側面から行われます

  • 音環境: 外部からの騒音侵入を防ぐ遮音性能や、室内での音の響きを適切にコントロールする吸音性能。
  • 温熱環境: 夏涼しく冬暖かい、快適な室温・湿度を保つための断熱性能や空調システムの性能。
  • 光・視環境: 自然光を効果的に取り入れる工夫や、眩しさを防ぎつつ適切な明るさを確保する照明計画。
  • 空気質環境: 健康に影響を及ぼす化学物質を含まない建材の選定や、新鮮な空気を供給する換気性能。

Q2: サービス性能 – 長期的な価値と安心の創造

このカテゴリーは、建物の機能性や長期的な使いやすさ、安全性を評価します。単に完成時の性能だけでなく、将来にわたってその価値を維持し、変化に対応できるかが問われます

  • 機能性: 使いやすい間取り、十分な天井高、情報インフラへの対応など、利用者の利便性。
  • 耐用性・信頼性: 部材の耐久性や、災害時の機能維持性能。特に重要なのが耐震・免震・制振性能です。
  • 対応性・更新性: 将来的な用途変更やリノベーションに対応できる柔軟性、設備配管の更新のしやすさ。

ここで特筆すべきは、耐震性能が「サービス性能」、すなわち環境品質の一部として明確に位置づけられている点です。これはCASBEEの評価思想の深さを示す重要なポイントです。持続可能性(サステナビリティ)は、しばしば運用時のエネルギー消費量(運用炭素)という側面だけで語られがちです。しかし、建物のライフサイクル全体で考えた場合、最も環境負荷が大きい行為の一つが、建物の解体と再建設です。

地震によって倒壊・大破し、建て替えを余儀なくされる建物は、膨大な量の廃棄物を生み出し、新しい建材の製造と建設のために再び大量のエネルギーと資源を消費します。つまり、構造的に脆弱で短命な建物は、本質的にサステナブルとは言えません。

したがって、優れた耐震・制振技術によって建物の安全性を確保し、その寿命を延ばすこと(長寿命化)は、最も効果的な環境貢献の一つです 。私たちアルキテックが専門とする高度な構造設計や制振技術の開発は、単に人命を守るだけでなく、建物のライフサイクル全体での環境負荷を劇的に削減し、CASBEEのQ2スコアを向上させる上で根幹をなす技術なのです

Q3: 室外環境(敷地内) – 周辺環境との調和

建築は孤立して存在するものではなく、常に周辺環境との関係性の中にあります。このカテゴリーでは、敷地内において、地域生態系やまちなみ、コミュニティに対して積極的に貢献する取り組みを評価します

  • 生物環境の保全と創出: 在来種を活かした緑化やビオトープの設置など、生物多様性への配慮。
  • まちなみ・景観への配慮: 地域の景観ルールとの調和や、美しい街並み形成への貢献。
  • 地域性・アメニティへの配慮: 公開空地の設置や地域文化の継承など、地域コミュニティの快適性向上への取り組み。

評価項目を深掘りする:L(建築物の環境負荷)の中身

次に、建築物が地球環境へ与える負の影響をいかに低減しているかを評価する「L(建築物の環境負荷)」を見ていきます。CASBEEの評価上は、負荷を低減する性能として「LR (Load Reduction)」という指標が用いられ、削減努力が大きいほど高い評価を得られます

LR1: エネルギー – 脱炭素化への貢献

これは最も一般的に理解されている環境性能であり、建築物の運用段階におけるエネルギー消費量を評価します。具体的には、建築物省エネ法で定められた基準に基づき、以下の点が評価されます

  • 建物外皮の熱負荷制御: 断熱性や日射遮蔽性能など、建物の「ガワ」の性能。
  • 設備システムの高効率化: 空調、換気、照明、給湯などの設備機器のエネルギー効率。
  • 自然エネルギー利用: 太陽光発電や太陽熱利用、昼光利用など、再生可能エネルギーや自然の力を活用する取り組み。

LR2: 資源・マテリアル – サーキュラーエコノミーへの転換

建物のライフサイクル全体における資源の効率的な利用を評価します。使い捨てを前提とせず、資源を循環させる社会(サーキュラーエコノミー)への貢献度が問われます

  • 水資源保護: 節水型機器の採用や雨水・中水の利用による上水使用量の削減。
  • 非再生性資源の使用量削減: リサイクル資材の積極的な利用や、解体時に再利用・再資源化しやすい設計。例えば、リサイクル性に優れた鋼材を主材料とするCFS(薄板軽量形鋼)のような先進的な工法は、このカテゴリーの評価向上に直接的に貢献します 。
  • 汚染物質含有材料の使用回避: 有害物質を含まない建材の選定。

LR3: 敷地外環境 – 地球環境への配慮

建物の直接的なエネルギー・資源消費以外で、敷地外の広域環境へ与える影響を評価します

  • 地球温暖化への配慮: 建設時や運用時に排出されるCO2だけでなく、建物の長寿命化によるライフサイクルCO2(LCCO2)の削減への貢献度。
  • ヒートアイランド現象の緩和: 建物の屋上緑化や高反射率塗料の使用による、都市部の気温上昇抑制への取り組み。
  • 地域環境への配慮: 大気汚染、騒音、風害など、周辺地域への負の影響を抑制する工夫。

なぜCASBEE認証が重要なのか?その多角的なメリット

2025年の現在、CASBEE認証の取得は、単なる環境活動の一環ではなく、建築プロジェクトの価値を最大化するための戦略的な経営判断となっています。そのメリットは多岐にわたります。

資産価値の向上と市場での競争力

CASBEEで高いランクを取得した建築物は、客観的な指標によってその品質が証明されるため、不動産市場において明確な競争優位性を持ちます。環境性能が高い建物は、光熱費などのランニングコストを削減できるため、テナントにとって魅力的です。結果として、より高い賃料設定や、早期のテナント成約、低い空室率が期待できます 。また、建物の購入者や投資家にとっても、CASBEE認証は長期的な資産価値を判断する上での信頼性の高い指標となります

ESG投資と企業の社会的責任(CSR)の羅針盤

近年、CASBEEの重要性を飛躍的に高めているのが、ESG投資の世界的な潮流です。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもので、企業の長期的な成長性を財務情報だけでなく、これら3つの側面から評価する投資手法です。

不動産は、ESG投資における極めて重要なアセットクラスであり、投資家はポートフォリオに組み込む物件の環境性能を厳格に評価します 。しかし、環境性能は目に見えにくく、客観的な評価が困難でした。ここでCASBEEが決定的な役割を果たします。CASBEE認証は、不動産の環境・社会性能を定量化・可視化する信頼性の高いツールとして、国内外の投資家から認知されています

さらに、GRESB(Global Real Estate Sustainability Benchmark)といった世界的な不動産サステナビリティ評価ベンチマークにおいても、CASBEE認証の取得が評価項目に含まれており、グローバルな資金調達を目指す上で不可欠な要素となっています 。したがって、建築主やデベロッパーにとって、高いCASBEEランクの取得は、自社のESG評価を高め、投資を呼び込み、企業の社会的責任(CSR)やSDGsへの貢献を具体的に示すための強力な手段となるのです

持続可能な社会への貢献

CASBEEへの取り組みは、個別の建物を超えて、より良い社会の実現に貢献します。Q1(室内環境)で高く評価される建物は、そこで働く人々の健康と生産性を向上させます 。Q3(室外環境)への配慮は、地域の生物多様性を豊かにし、快適な都市環境を創出します 。そして、L(環境負荷)の低減は、地球温暖化対策という人類共通の課題への直接的な貢献です。

多くの地方自治体が、建築条例などにCASBEEの届出を義務付けたり、高いランクを取得した建築物に対して容積率の割り増しなどのインセンティブを与えたりする制度を導入しており、サステナブルなまちづくりを推進する上での中核的なツールとして活用されています

多様な「CASBEEファミリー」:目的で使い分ける評価ツール

CASBEEは、単一のツールではありません。評価対象の規模や目的、建物のライフサイクルの段階に応じて、様々なツールが用意されており、これらは「CASBEEファミリー」と呼ばれています

  • CASBEE-建築(新築): 本稿で主に解説した、新築建物の設計段階で評価する最も基本的なツール。
  • CASBEE-不動産: 竣工後1年以上経過した既存建築物を対象としたツール。評価項目を簡素化し、不動産市場での取引や資産評価に活用しやすく設計されています 。
  • CASBEE-ウェルネスオフィス: 建物で働く人々の健康性、快適性、知的生産性の向上に特化した評価ツール。働き方改革や健康経営への関心の高まりを背景に、近年注目されています 。
  • CASBEE-街区: 個別の建物だけでなく、複数の建物からなる街区やエリア開発全体を評価するツール。より大きなスケールでのサステナブルなまちづくりを評価します 。

このようにCASBEEファミリーが拡充されてきた歴史は、社会が建築に求める価値が、単なる環境配慮から、人々のウェルビーイングや不動産の金融的価値、さらには都市全体の持続可能性へと、より複雑で多角的になってきたことを反映しています。このシステムの柔軟性と発展性こそが、CASBEEが信頼され、広く活用されている理由の一つです。

高いBEEを目指す、アルキテックの統合的アプローチ

CASBEEでSランクやAランクといった高い評価を得ることは、設計の最終段階でいくつかの環境配慮技術を追加するだけでは達成できません。それは、プロジェクトの構想段階から、建築を構成するすべての要素を統合的に捉える設計思想を貫いた結果としてのみ、実現可能なものです

私たちアルキテックは、「建築構造・環境技術の専門家集団」として、まさにこの統合的アプローチを実践するエンジニアリングパートナーです。真にサステナブルな建築とは、構造的な強靭さ(高いQ2スコア)と、優れた環境性能(低いLスコア)が、互いを犠牲にすることなく、調和の中で実現されている建築であると確信しています。

私たちの役割は、構造設計、環境・設備設計、そしてCFSのような先進材料技術に関する深い専門知識を駆使し、建築家や事業主のビジョンを妥協なく実現することです。CASBEEという客観的なものさしを羅針盤としながら、安全性、快適性、そして持続可能性のすべてにおいて最高水準の建築を創造する。それこそが、私たちアルキテックが「建築の未来を拓く」ための貢献です

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