序章:躍動するベトナムとスマートシティという未来像
目覚ましい経済成長を遂げるベトナムは今、世界中から熱い視線を集めています。このダイナミズムを象徴するのが、急速に進展する「都市化」です 。地方から都市部への人口流入は、経済発展のエンジンであると同時に、交通渋滞、環境問題、住宅不足といった深刻な課題を生み出しています 。この複雑な課題に対するベトナム政府の戦略的な答え、それが「スマートシティ構想」です。
ベトナムが目指すスマートシティは、単にセンサーやカメラを街中に設置し、テクノロジーを既存のインフラに上乗せするだけのものではありません。それは、都市が抱える構造的な問題を根本から解決し、持続可能で質の高い生活を実現するための、より包括的な国家戦略です。この構想の根底には、過去の多くの国が経験した公害や都市スプロール化といった「成長の痛み」を回避し、最先端の技術と計画手法を用いて一足飛びに次世代の都市モデルを構築しようという強い意志が感じられます。つまり、これは単なる都市開発ではなく、国家の未来を賭けた「リープフロッグ(蛙跳び)」型の発展戦略と言えるでしょう。
しかし、この壮大なビジョンを実現するためには、建築・建設という物理的な器を創り出すプロセスそのものに、革命的な変革が求められます。本稿では、ベト-ナムのスマートシティ構想の全体像を解き明かし、その実現に不可欠な先進的建築技術、とりわけ私たちアルキテックとガイアフィールドが専門とする分野が、いかに未来都市の礎となり得るのかを深く掘り下げていきます。
ベトナムのスマートシティ構想:国家戦略の歴史と現在地
ベトナムにおけるスマートシティ開発の羅針盤となっているのが、2018年に政府によって承認された「2018年から2025年までの期間及び2030年に向けたベトナムにおける持続可能なスマートシティ開発プロジェクト」です 。この国家戦略は、場当たり的な開発ではなく、国全体として統一されたビジョンのもとで都市のデジタル化と持続可能性を追求することを目指しています。
この戦略の柱は、主に以下の要素で構成されています。
- 効率的な都市管理と計画: ICT技術を活用し、交通、エネルギー、水資源などの都市インフラを最適化する 。
- 生活の質の向上と環境保護: デジタル技術を通じて行政サービスを改善し、環境に配慮した持続可能な都市モデルを確立する 。
- 経済競争力の強化: スマートシティを新たなビジネス機会創出のプラットフォームとし、イノベーションを促進する 。
政府は具体的な数値目標も掲げており、2030年までに都市化率を50%に引き上げることや、2025年までに北部、中部、南部の各経済圏に少なくとも3つの主要なスマートシティを確立することを計画しています 。この目標は、構想が単なる理想論ではなく、具体的な行動計画に裏打ちされたものであることを示しています。
さらに興味深いのは、この国家戦略が画一的な都市モデルを押し付けるものではない点です。政府は「ベトナム・スマートシティ・インデックス」のような評価指標を導入することで 、各都市がそれぞれの地域特性を活かしながらスマート化を競い合うような、健全なエコシステムを醸成しようとしています。ハノイ、ホーチミン、ダナンといった主要都市が、互いに競い、協力しながら独自のモデルを模索する中で、国全体のイノベーションが加速される構造です。また、ASEANスマートシティネットワーク(ASCN)への参画は 、ベトナムが国内の取り組みに留まらず、地域全体の発展と連携する開かれた姿勢を持っていることの証左でもあります。
未来都市のショーケース:ベトナムを牽引する主要プロジェクト
国家戦略という大きな羅針盤のもと、ベトナム各地では未来都市の姿を具現化する野心的なプロジェクトが進行しています。中でも、ハノイ、ホーチミン市、ダナンの3都市は、それぞれ異なるアプローチでスマートシティ開発を牽引しており、ベトナムの未来を占う上で注目すべき事例となっています。
北ハノイスマートシティ:未来への壮大な青写真
首都ハノイで進められている「北ハノイスマートシティ」は、ベトナムの国家的な野心を象徴するフラッグシップ・プロジェクトです。住友商事とベトナムのBRGグループが共同で手掛けるこの開発は、ハノイ中心部から北へ約10km、総面積272ヘクタール(東京ディズニーランド約5個分)という広大な敷地に、総事業費約42億ドルを投じて全く新しい都市をゼロから築き上げるものです 。
このプロジェクトが目指すのは、単なる住宅地の開発ではありません。「エネルギー」「交通」「行政」「教育」「ビジネス」「生活」という6つの重点分野において、5G通信、顔認証、ブロックチェーンといった最先端技術を全面的に導入し、高度に連携させた都市機能を実現することです 。計画には108階建ての金融タワーも含まれており、アジアを代表する経済・文化の中心地を創り出すという壮大なビジョンが描かれています 。
このプロジェクトは、理想的な都市をゼロから設計し、世界に示す「トップダウン型のショーケース」と位置づけることができます。新型コロナウイルスの影響で一時的に遅れが生じたものの、2023年11月に再始動が発表され 、再び大きな注目を集めています。日本とベトナムの協力関係の象徴となることも期待されており 、その動向はベトナムだけでなく、アジア全体の都市開発の未来に大きな影響を与えるでしょう。
ホーチミン市の多角的な挑戦:巨大都市の課題解決モデル
ベトナム最大の経済都市ホーチミン市のアプローチは、ハノイとは対照的です。ここでは、ゼロから理想都市を建設するのではなく、既に存在する巨大都市(メガシティ)が抱える交通渋滞や行政サービスの非効率性といった喫緊の課題に対し、スマート技術を適用して解決を目指す「実践的な課題解決モデル」が採用されています 。
その代表例が、交通管制システムです。市内各所に設置された多数のモニタリングカメラや車両カウントカメラからの情報を集約・分析し、信号のタイミングをリアルタイムで最適化することで、慢性的な交通渋滞の緩和を図っています 。
また、民間主導の大規模開発も活発です。特に三菱商事と野村不動産が参画する「ビンホームズ・グランド・パーク」は、居住人口20万人を想定した巨大な複合都市開発であり、街全体にスマート技術を導入することで、安全で快適な生活環境を創出しようとしています 。2024年に承認された市の新たなマスタープランでは、2030年までにデジタル経済が域内総生産(GRDP)の40%以上を占めるという野心的な目標が掲げられており 、既存の都市機能を維持しながら、いかにしてスマート化への移行(トランスフォーメーション)を成し遂げるかという、世界中の多くの大都市が直面する課題への一つの答えを示そうとしています。
先駆者ダナンのモデル:俊敏性とイノベーションの拠点
ベトナム中部に位置するダナンは、ハノイやホーチミン市とは異なる強みを持っています。かつては小さな港町でしたが、2000年代以降にリゾート地として急速な発展を遂げ 、その過程で先進的なIT技術を積極的に導入してきました。比較的コンパクトな都市規模を活かし、大胆な政策を迅速に実行できる俊敏性がダナンの最大の特徴です。
ダナンは、ベトナム国内でいち早くスマートシティ化に着手した「アジャイルな先行者(インキュベーター)」と言えます。特に「スマートガバナンス(電子政府)」の分野では国内をリードしており、行政手続きのデジタル化やオープンデータの推進に力を入れています。また、市内に堅牢なデータセンターを構築し、知的交通管制システム(IOC)の整備を進めるなど、都市のデジタルインフラの基盤を着実に固めてきました 。
こうした取り組みは国内外で高く評価され、ダナンは「ベトナム・スマートシティ賞」を何度も受賞するなど、ベトナムで最も革新的な都市として認知されています 。大規模な資本投下を伴うハノイのモデルや、既存の課題解決に注力するホーチミン市のモデルとは異なり、ダナンは政策や制度、デジタル基盤といったソフト面からイノベーションを創出する「実験都市」としての役割を担っています。ここで得られた成功事例や知見は、今後ベトナム全土の都市開発に応用されていくことでしょう。
スマートシティの礎:先進的建築・建設技術が果たす役割
ベトナムが描くスマートシティの壮大なビジョンは、それを物理的に形にする建築・建設分野の革新なくしては実現不可能です。急成長するベトナムの建設市場では、従来の労働集約的な手法から、テクノロジーを駆使した「スマートコンストラクション」への移行が急務となっています 。
この変革の中核をなすのが、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)です。BIMは、コンピューター上に建物の3Dモデルを構築し、設計から施工、維持管理に至るまでの全情報を一元管理する仕組みです 。複雑なスマートシティのプロジェクトにおいて、関係者間の情報共有を円滑にし、設計の精度を高め、手戻りを防ぐBIMは、もはや不可欠な基盤技術となりつつあります 。
また、急速な都市化に伴う膨大な住宅・インフラ需要に、品質を維持しながら応えるためには、工場で部材を生産し、現場で組み立てるプレファブ工法(工業化建築)の導入が不可欠です。これは、建設現場の労働力不足というベトナムが直面する課題への有効な解決策でもあります 。
そして、このスマートコンストラクションの潮流において、特に大きな可能性を秘めているのが、CFS(Cold-Formed Steel:冷間成形薄板形鋼)建築です。CFSは、厚さ1mm前後の薄い鋼板を常温で加工して作られる構造材で、木造の約1.5倍の強度を持ちながら軽量であるという特性を持っています 。そのメリットは多岐にわたり、スマートシティが求める要件と驚くほど合致しています。
| 評価項目 | 従来工法(RC造/木造等) | CFS(薄板軽量形鋼)建築 | スマートシティ開発への貢献 |
| 工期 | 長 | ◎ (極めて短い – 工場生産による) | 都市化のスピードに対応し、インフラを迅速に供給 |
| 現場の省人化 | 多 | ◎ (少ない – 合理化された組立) | 建設労働者不足という国家的課題に対応 |
| 耐震・耐久性 | 良〜優 | ◎ (軽量かつ高強度、シロアリ・腐食に強い) | レジリエント(強靭)な都市インフラを構築し、市民の安全を確保 |
| 環境性能 | △ (コンクリートはCO2排出量大) | ◎ (鋼材の高いリサイクル率) | 持続可能な開発目標(SDGs)に合致し、環境配慮型都市を実現 |
| 品質管理 | 現場の状況に依存 | ◎ (工場での精密加工による均一品質) | 高品質な住宅や公共施設を安定的に供給 |
| デジタル親和性 | 限定的 | ◎ (BIMとの連携に最適) | 設計から施工、維持管理まで一貫したデータ活用を可能にし、真のスマートコンストラクションを実現 |
CFS建築は、単に優れた建材というだけではありません。それは、スマートコンストラクションを実現するための「プラットフォーム技術」としての側面を持っています。BIMで作成された精密なデジタル設計データを、海外製のスマートフォーミングマシンなどを用いて、品質のばらつきなく物理的な部材へと変換する 。そして、工場でパネル化された部材を現場で効率的に組み立てる 。この一連のプロセスは、デジタル空間の設計思想を、品質の劣化なく現実世界に実装するための、最も確実な架け橋となります。このデジタルデータとの高い親和性こそが、CFS建築が未来の都市建設において中心的な役割を担うと期待される最大の理由です。
未来への展望:アルキテックとガイアフィールドが拓く可能性
ベトナムのスマートシティ構想が示すように、未来の都市に求められるのは、単一の性能の追求ではありません。地震などの自然災害から人々を守る「強さ」、省エ-ネ性能に裏打ちされた「持続可能性」、そして日々の暮らしを豊かにする「快適性」。これらを高次元で融合させることが、真に価値のある建築、ひいては都市の実現につながります。私たちアルキテックは、創業以来、この「構造設計」と「建築環境」の融合こそが最も重要な使命であると考え、技術開発と設計実務に取り組んできました 。
しかし、どれほど優れた設計思想も、それを正確に、かつ効率的に実現する建設システムがなければ絵に描いた餅に終わってしまいます。ここで重要な役割を果たすのが、私たちのパートナーであるガイアフィールド株式会社です。ガイアフィールドは、CFS建築に特化した日本におけるリーディングカンパニーであり、BIMと先進的な製造設備を連携させたデジタル施工プロセスを確立しています 。
そして、私たちの協力関係は、単なる業務提携に留まりません。アルキテックの代表取締役である脇田・大沼は、ガイアフィールドの取締役を兼務しています 。これは、私たちのパートナーシップが、表層的なものではなく、経営レベルで深く統合された戦略的なものであることを意味します。
この独自の体制は、他に類を見ない「研究開発から実装まで」をシームレスに繋ぐ垂直統合モデルを生み出します。アルキテックが持つ、大学との共同研究に代表されるアカデミックな知見や先進的な解析技術 と、ガイアフィールドが持つ、CFS建築の豊富な施工実績と生産技術 。この二つが一体となることで、最先端の研究開発(R&D)の成果を、遅滞なく、かつ品質を損なうことなく、現実の建築物として社会に届けることが可能になります。
ベトナムのスマートシティのような、複雑で高品質、かつ持続可能性が厳しく問われるプロジェクトにおいて、私たちのこの「構想から実現まで」を一気通貫で提供できる能力は、極めて大きな価値を持つと確信しています。それは、建築家やデベロッパーが描く未来都市のビジョンを、技術的な妥協なく、最高の形で具現化するための強力なエンジンとなるでしょう。
さらに、この強力なパートナーシップは日本国内に留まりません。ガイアフィールドは、成長著しいベトナム市場の重要性をいち早く認識し、ホーチミン市に現地法人「ガイアフィールドベトナム」を設立しています 。この戦略的な海外展開により、日本で培ったCFS建築の先進技術と品質管理を、現地のニーズに即して直接提供する体制を構築しているのです 。ガイアフィールドベトナムは、単に日本の工法を持ち込むだけでなく、建築設計から内外装デザイン、施工、さらには不動産仲介に至るまで、ベトナムの商習慣や文化に根差した総合的なサービスを提供しています 。この現地法人の存在は、日本の高品質な建築思想をベトナムの気候風土や住宅様式に合わせて最適化(ローカライズ)し、机上の計画ではない、真に価値のあるソリューションをワンストップで提供できるという決定的な優位性を生み出します。
結論:持続可能な未来を共創する
ベトナムは今、スマートシティという壮大な国家プロジェクトを通じて、自国の都市の未来を再定義しようとしています。この野心的な挑戦は、単なる技術導入に留まらず、より速く、より持続可能で、デジタルと深く統合された新しい建設のあり方を求めています。
本稿で見てきたように、CFS建築のような先進的な工法は、BIMとの連携により、その要求に応える大きな可能性を秘めています。工場生産による工期の短縮と品質の安定化、軽量高強度な構造による耐震性の向上、そして鋼材の高いリサイクル率がもたらす環境性能。これらは、未来都市を築く上で選択肢の一つではなく、むしろ必須の要素と言えるでしょう。
しかし、最も重要なのは、技術をいかに使いこなすかという思想です。建物の安全性と快適性、そして地球環境への配慮を、設計の初期段階から統合的に考える。アルキテックとガイアフィールドのパートナーシップは、まさにこの思想を具現化するための体制です。
壮大な青写真も、それを実現する確かな技術と思想がなければ、未来の風景にはなりません。私たちは、建築構造と環境技術の専門家集団として、ベトナムのような未来へ向かう国々にとって、単なる技術の提供者ではなく、持続可能で、安全かつ快適な社会を共に創り上げる「共創のパートナー」でありたいと考えています。未来の建築をエンジニアリングすること。それが私たちの使命です。



