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AIは建築設計をどう変えるか?構造計算・デザイン最適化の未来

はじめに:建築設計の新たなパートナー、AIの登場

近年、人工知能(AI)は社会のあらゆる分野でその存在感を増しており、建築設計の世界も例外ではありません。かつて手書きの図面がCAD(Computer-Aided Design)に置き換わり、そしてBIM(Building Information Modeling)が3次元での設計と思考を標準化したように、AIは今、設計プロセスに次なる大きな変革をもたらそうとしています。

この変化を、単に「人間の仕事が奪われる」といった脅威として捉えるのではなく、「設計者の能力を拡張する強力なパートナーの登場」と考えるべきではないでしょうか。AIは、膨大な計算や反復作業から私たちを解放し、人間が本来持つべき創造性や判断力といった、より本質的な業務に集中できる環境を整えつつあります

私たちアルキテック株式会社は、建築構造と建築環境の専門家集団として、日々、安全で快適な建築の実現に取り組んでいます 。その専門的な視点から、AIという新しい技術が建築設計、特に私たちの専門領域である「構造計算」と「デザインの最適化」にどのような未来をもたらすのか、具体的かつ分かりやすく解説していきます。

構造計算の革新:AIが導く「超効率化」と「高品質化」の時代

構造計算のこれまでと現在

建物の安全性を担保する構造計算は、建築設計における根幹の一つです。その手法は、手計算が主流だった時代から、コンピューターの登場により飛躍的に進化しました。現在では、複雑な形状の建物でも弾塑性解析を行えるソフトウェアが広く普及しています。私たちアルキテックでも、「SNAP」や「MIDAS」、「SS7」といった最先端のプログラムを駆使し、木造から鉄骨造、RC造まで、多種多様な建築物の構造設計を手掛けています 。

これらのツールは非常に強力ですが、それでもなお、設計の初期段階における部材寸法の仮設定や、無数の選択肢の中から最適な構造形式を選び出す作業は、構造設計者の経験と勘に大きく依存しているのが実情です。この、経験則がものを言う領域に、AIが大きな変革をもたらし始めています。

最先端の動向:大手ゼネコンが開発する「構造設計AI」

現在、特に注目すべき動きは、大手ゼネコンが自社の膨大な設計データを活用して開発を進めている「構造設計AIシステム」です。その代表例が、竹中工務店が開発したシステムです 。このシステムは、過去20年以上にわたって蓄積された数百件もの構造設計データ(構造部材データとしては30万件以上)をAIに学習させることで、驚くべき能力を発揮します

このAIシステムは、主に3つの機能から構成されています

  1. AI建物リサーチ: プロジェクトの初期段階で、計画中の建物と類似性の高い過去の事例をAIが自動で探索します。これにより、複数の構造計画ごとの部材数量などを客観的なデータに基づいて比較検討でき、より合理的で質の高い方針決定が可能になります。
  2. AI断面推定®: 建物の柱や梁の配置といった基本的な骨格情報から、AIが必要となる部材の断面寸法を瞬時に推定します。従来、経験豊富な設計者が時間をかけて行っていたこの作業を自動化することで、設計のフロントローディング(初期段階への業務集中)を強力に支援します 。
  3. AI部材設計®: 安全性や生産性といった複数の観点から、最適な部材の仕様を決定するための繰り返し計算をAIが自動で行います。これにより、人間が限られた時間内では検討しきれなかった、より最適化された設計案にたどり着くことが可能になります。

同様の取り組みは、清水建設の「SYMPREST」など他の大手ゼネコンでも進められており 、構造設計の分野がAI活用の最前線となっていることがうかがえます。

AIがもたらす具体的メリット:時間創出と提案の高度化

これらのAIシステムがもたらす最大のメリットは、単なる「時短」ではありません。それは、ルーティンワークから解放された設計者が「付加価値の高い業務に集中できる時間を創出する」ことです

例えば、設計の初期段階でAIが複数の合理的な構造計画を提示してくれることで、設計者はそれぞれの案が意匠やコスト、施工性に与える影響を深く考察し、より質の高い提案をお客様に行うことができます 。また、経験の浅い若手の技術者であっても、ベテランの知見が凝縮されたAIのサポートを受けることで、早い段階から精度の高い検討が可能になります

このように、AIは構造設計のワークフローを根本から変え、品質と効率を両立させる新たな時代を切り拓こうとしています。

フェーズ従来のワークフローAI支援型ワークフロー
初期計画設計者の経験や限られた過去事例に基づき方針を決定する。AIが数百件の過去事例から類似案件を瞬時に検索・提示し、データに基づいた定量的な比較検討を可能にする
仮断面設定経験則や概算計算に基づき、手作業で部材寸法を仮設定する。時間のかかる反復作業。AIが建物の骨格情報から最適な部材断面を数秒で推定する。設計の初期段階で精度の高い検討が可能になる
詳細設計・最適化限られた時間の中で、少数の設計案について詳細な検討と最適化を行う。AIが繰り返し計算を自動化し、多数の設計バリエーションを検討。安全性や経済性で最も優れた案を探索する
設計者の役割計算、解析、作図といった作業に多くの時間を費やす。目標設定、AIが生成した選択肢の評価、そしてより創造的な問題解決に注力する。

アルキテックの視点:専門家集団としてのAI活用

大手ゼネコンが開発するAIは、主に大規模なオフィスビルなど、彼らが手掛けることの多い建物を対象としています。これは、AIの性能が学習データの量と質に依存するため、当然の流れと言えます。

一方で、私たちアルキテックの強みは、木造、RC造、鉄骨造はもちろん、薄板軽量形鋼(CFS)を用いた特殊な構造や、伝統木造構法に至るまで、多種多様な建築物に精通している点にあります 。こうした幅広い専門知識と、大学との共同研究や自社内の実験設備に裏打ちされた研究開発力こそが、私たちの核となる価値です

私たちは、この多様なプロジェクトで蓄積した独自のデータを活用し、より専門的でニッチな領域に特化したAI活用を模索しています。汎用的なAIでは対応が難しい複雑な案件に対して、私たちの知見をAIと組み合わせることで、これまでにない最適なソリューションを提供する。それが、専門家集団であるアルキテックならではのAIとの共創の形だと考えています。

デザインの未来を拓く「ジェネレーティブデザイン」

ジェネレーティブデザインとは何か?

構造計算の効率化がAI活用の「守り」の側面だとすれば、「攻め」の活用法として注目されているのが「ジェネレーティブデザイン」です。

これは、設計者がAIに対して「目的」と「制約条件」を与えるだけで、AIがその条件を満たす無数のデザイン案を自動的に生成する技術です 。まるで、優秀なアシスタントに「この敷地で、日当たりが良く、構造的に安定し、コストを抑えた建物の形を1000個考えて」と指示するようなものです。

ここで重要なのは、既存の形状を部分的に最適化する「トポロジー最適化」とは異なり、ジェネレーティブデザインはゼロから全く新しい形状を生み出す点です 。これにより、人間が思いもよらなかったような、合理的で美しい形態が発見される可能性があります。

最大の利点:「多目的最適化」という考え方

ジェネレーティブデザインが持つ最大の力は、「多目的最適化」にあります

実際の建築設計は、常にトレードオフの関係にある複数の要求を同時に満たさなければならない、複雑なバランス調整の連続です。例えば、「構造的な強度」を高めようとすると「コスト」が上がり、「窓を大きくして開放感」を求めると「断熱性能」が下がる、といった具合です。

ジェネレーティブデザインは、こうした相反する複数の目標(例えば、構造性能、エネルギー効率、建設コスト、日照時間など)を同時に評価指標として設定し、それらを総合的に満たす最適な「スイートスポット」にあるデザイン案を、何千、何万という選択肢の中から探し出すことができます 。これにより、設計者は勘や経験だけに頼るのではなく、データに基づいた客観的な根拠を持って、全体として最もパフォーマンスの高いデザインを選択できるようになるのです。

具体的な成果:コスト削減、性能向上、そして新たな創造性

ジェネレーティブデザインがもたらす具体的なメリットは多岐にわたります。

  • コストとマテリアルの削減: 構造的に最も効率的な形状を探索することで、無駄な材料の使用を最小限に抑えます。これは建設コストの削減だけでなく、CO2排出量の削減といった環境負荷の低減にも直結します 。
  • 性能の向上: 例えば、「部材の軽量化」を目標に設定すれば、建物の重量を減らし耐震性能を向上させることができます 。また、「特定エリアの日照時間の最大化」を目標にすれば、利用者の快適性を高めつつ、照明エネルギーを削減する建物の形状を導き出すことも可能です 。
  • 新たな創造性の解放: AIが生成するデザインは、時に有機的で複雑な、人間が固定観念からでは発想しにくい形状を持つことがあります 。こうした提案が、設計者の創造性を刺激し、建築デザインの新たな可能性を切り拓くきっかけとなります。

アルキテックの視点:構造と環境の専門家として

このジェネレーティブデザインという技術は、まさに「建築構造・環境技術の専門家集団」を掲げる私たちアルキテックの理念と完全に合致するものです

建物の安全性という「構造」の側面と、エネルギー効率や快適性といった「環境」の側面は、本来切り離して考えられるものではありません。ジェネレーティブデザインは、この両者を設計の初期段階から統合的に最適化することを可能にする画期的なツールです。

この技術を活用することで、私たちはこれまで以上にお客様に対して、「安全で、経済的で、かつ持続可能である」という複数の価値を高いレベルで満たす、データに裏打ちされた説得力のある提案を行うことができるようになります。それは、これからの社会が建築に求める価値そのものであり、私たちの専門性を最大限に発揮できる領域だと確信しています。

すべての土台となるBIMとAIの融合

AIがその能力を最大限に発揮するためには、良質で構造化されたデータが不可欠です。建築設計の分野において、そのデータの器となるのがBIM(Building Information Modeling)に他なりません

BIMモデルは、単なる3Dの形状データではありません。柱一本、壁一枚に至るまで、すべての部材が材質、コスト、断熱性能といった属性情報を持ったデータベースです 。このリッチなデータベースこそ、AIが学習し、分析し、そして新たな提案を生み出すための完璧な「教科書」となるのです。

BIMとAIの融合は、すでに具体的な形で進んでいます。例えば、2次元のPDF図面をAIが読み取り、自動で構造BIMモデルを生成する技術が登場し、モデル作成の工数を劇的に削減しています 。また、BIMモデルに対してAIが建築法規への適合性を自動でチェックしたり、部材同士の干渉(クラッシュ)を検出したりすることで、設計の品質とスピードを飛躍的に向上させることができます

最終的に目指されるのは、設計から施工、さらには完成後の維持管理まで、建物のライフサイクル全体がBIMという単一のデータプラットフォーム上で繋がり、AIがそのデータを活用して常に最適な運用を支援する世界です 。設計段階での小さな変更が、施工コストや将来のメンテナンス費用にどう影響するかをAIが瞬時にシミュレーションし、フィードバックしてくれる。そんな未来がすぐそこまで来ています。

AI時代の構造設計者・技術者の役割

「AIは人間の仕事を奪うのではないか?」こうした懸念は、多くの人が抱くものです。しかし、私たちはその答えを「ノー」だと考えています。ただし、仕事の「中身」は大きく変わっていくでしょう。

構造計算のような反復的で時間のかかる作業は、今後ますますAIに置き換わっていきます 。その結果、私たち人間の専門家に求められる役割は、より戦略的で創造的な領域へとシフトしていきます

  • 問いを立てる者(The Questioner): AIに対して、どのような目標を設定し、どのような制約条件を与えるべきか。プロジェクトの本質的な課題を見抜き、AIに的確な「問い」を立てる能力が重要になります。
  • 選択肢を評価する者(The Curator): AIが生成した無数の選択肢の中から、技術的な正しさはもちろん、意匠的な美しさ、社会的な文脈、そしてお客様の隠れたニーズまでをも汲み取って、最善の解を選び出す専門的な判断力が求められます。
  • 対話する者(The Communicator): AIが導き出したデータや分析結果を基に、なぜそのデザインが優れているのかを、お客様や関係者に分かりやすく説明し、合意形成を図る対話能力が不可欠です。
  • 未知に挑む者(The Innovator): AIの学習データには存在しないような、前例のない課題や新しい工法、新材料を用いた設計など、真に人間の創意工夫が求められる領域に挑戦し、イノベーションを牽引する役割です。これは、まさに私たちアルキテックが研究開発を通じて目指している姿でもあります 。

AIはあくまでツールです。そのツールをいかに賢く使いこなし、人間ならではの価値を発揮していくか。それが、これからの技術者に問われる最も重要なスキルとなるでしょう。

おわりに:アルキテックが描く、AIと共創する建築の未来

AIは、建築設計、特に構造計算とデザイン最適化の分野に、効率化と創造性の両面で大きな変革をもたらす計り知れない可能性を秘めています。それは、人間の専門知識や経験を不要にするものではなく、むしろそれらを増幅させ、新たな高みへと引き上げる「共創のパートナー」です。

私たちアルキテック株式会社は、建築構造と環境技術の専門家集団として、この技術的変革の最前線に立ち続けることをお約束します。大学との連携や社内での研究開発活動を積極的に推進し 、常に新しい知識と技術を取り入れ、革新を続ける文化を大切にしています。

AIが拓く建築の未来は、決して画一的で無機質なものではありません。むしろ、これまで以上に多様で、人間的で、そして環境と調和した、真に豊かな建築が生まれる時代が訪れると信じています。そのエキサイティングな未来を、お客様と共に築き上げていくパートナーとして、アルキテックはこれからも挑戦を続けてまいります。

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