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サステナブル建築の最新トレンド。日本における木造中高層建築の可能性とは

2050年のカーボンニュートラル達成という世界的な目標に向け、建築業界は大きな変革期を迎えています。これまで建築物の省エネルギー化が主なテーマでしたが、近年では建設から解体までのライフサイクル全体を通じた環境負荷の低減が強く求められるようになりました。本ブログでは、こうしたサステナブル建築の最新動向を概観し、その中でも特に注目を集める「木造中高層建築」に焦点を当てます。なぜ今、鉄筋コンクリートや鉄骨が主流だった都市部で、木造のオフィスビルやマンションが次々と計画されているのでしょうか。その背景にある技術革新、政策の後押し、そして未来への可能性を、建築構造と環境の専門家集団であるアルキテック株式会社の視点から深く掘り下げていきます。

はじめに:建築に求められる新たな価値「サステナビリティ」

現代の建築において、「サステナビリティ(持続可能性)」は、もはや付加価値ではなく必須要件となりつつあります。その背景には、地球規模の環境問題、特に気候変動への危機感があります。建築分野が社会全体の持続可能性に与える影響は極めて大きく、その責任を果たすための新しい価値基準が求められています。

建築業界とカーボンニュートラル

日本の最終エネルギー消費量の約3割は建築物分野が占めており、脱炭素社会の実現にはこの分野での抜本的な変革が不可欠です。2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするという国家目標は、建築業界にとって単なる努力目標ではありません。それは、具体的な政策、規制、そして技術革新を促す強力なドライバーとなっています。この目標達成のため、建築のライフサイクル全体、すなわち設計、建設、運用、解体の各段階で環境負荷を低減する取り組みが加速しています。

ZEH/ZEBからLCCMへ – 評価軸の進化

サステナブル建築の評価軸は、時代と共に深化してきました。

  • ZEH/ZEB(ゼッチ/ゼブ) ZEH(Net Zero Energy House)およびZEB(Net Zero Energy Building)は、建物の断熱性能を大幅に向上させ、高効率な設備を導入することで、運用段階でのエネルギー消費量を実質的にゼロにすることを目指す概念です。これは「運用時のエネルギー収支」に着目したもので、日本の省エネ基準の底上げに大きく貢献してきました。2030年度以降に新築される住宅・建築物については、ZEH・ZEB水準の省エネ性能の確保を目指すことが国の目標として掲げられています。
  • LCCM(ライフサイクルカーボンマイナス) ZEH/ZEBからさらに一歩進んだ概念がLCCM(Life Cycle Carbon Minus)です。これは、運用時だけでなく、資材の製造・輸送、建設、そして解体・廃棄に至るまでの建物のライフサイクル全体を通じて、CO2排出量をマイナスにすることを目指すものです。この評価軸の登場により、建物の躯体を構成する資材そのものが持つCO2排出量、いわゆる「エンボディド・カーボン」の重要性がクローズアップされることになりました。

サーキュラーエコノミー(循環型経済)という新しい潮流

従来の「大量生産・大量消費・大量廃棄」を前提とした線形経済(リニアエコノミー)から脱却し、資源を循環させ続ける「サーキュラーエコノミー」への移行が世界的な潮流となっています。建築分野においては、設計段階から解体後の部材の再利用(リユース)や再資源化(リサイクル)を想定すること、廃棄物を新たな価値を持つ資源として捉え直すことなどが求められます。これは、建物のあり方を根本から変える可能性を秘めた考え方です。

これらのトレンドは個別に存在するのではなく、相互に深く関連しています。ZEB/LCCMがエネルギーと炭素という「フロー」の最適化を目指すのに対し、サーキュラーエコノミーは資源という「ストック」の最適化を目指します。この二つを統合した視点、すなわち「エネルギー・炭素・資源のすべてにおいて環境負荷を最小化し、価値を最大化する建築」こそが、これからのスタンダードとなるでしょう。

そして、この新しい価値基準の中で、木材という素材が必然的に脚光を浴びることになります。ZEH/ZEBが主眼としていた運用時のエネルギー効率化の段階では、構造種別による優劣は決定的なものではありませんでした。しかし、評価軸がLCCMへと移行し、エンボディド・カーボンが重視されるようになると、状況は一変します。鉄やセメントの製造が大量のCO2を排出するのに対し、木材は製造時のエネルギー消費が格段に少なく、さらに樹木の成長過程でCO2を吸収・固定するというユニークな特性を持っています。LCCMという評価基準の登場は、木材を単なる選択肢の一つから、目標達成のための「極めて有力な、あるいは必然的な選択肢」へと押し上げたのです。

私たちアルキテックは、建築構造と環境設備の専門家集団として、ZEHやBELSといった省エネ関連認定の申請支援も手掛けており、こうしたマクロなトレンドの最前線でお客様の課題解決をサポートしています。

都市の風景が変わる:木造中高層建築の台頭とその背景

かつて日本の都市建築において、中高層ビルといえば鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造が常識でした。耐震性や耐火性の観点から、木造は主に戸建て住宅や低層建築物に限られてきた歴史があります。しかし今、その常識が覆されようとしています。国内外で木造の中高層建築が次々と計画・建設され、都市の新たな風景を創り出し始めています。この劇的な変化は、社会的な要請と、それを後押しする法整備や政策支援が両輪となって駆動しています。

国策としての木材利用促進

この流れの大きな転換点となったのが、2010年に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」です。当初は国が整備する公共建築物を対象に木材利用を促すものでしたが、2021年に大きな改正が行われました。法律の名称は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市の木造化推進法)へと変わり、その目的と対象範囲が大幅に拡大されたのです。

この改正の最も重要なポイントは、木材利用を促す対象が「公共建築物」から、民間施設を含む「建築物一般」へと拡大された点です。これにより、市場全体で木材利用へのインセンティブが働くようになり、デベロッパーや企業が自社のオフィスビルや商業施設、集合住宅などを木造で建設する動きが活発化しました。国は基本理念として、木材利用が脱炭素社会の実現や地域経済の活性化に貢献することを明記し、川上である林業から川下である建築業界まで、サプライチェーン全体での取り組みを促しています。

建築基準法改正による規制緩和

都市部、特に防火地域・準防火地域における木造化を阻んできた最大の壁は、厳しい防火規制でした。しかし、近年の建築基準法の度重なる改正により、この壁は技術的に乗り越え可能なものへと変わりつつあります。

2022年に公布され、段階的に施行されている改正建築基準法では、木材利用を促進するための画期的な規制合理化が盛り込まれました。

  • 大規模建築物での「木材あらわし」設計の許容: 延べ面積3000㎡を超える大規模な建築物でも、大断面の木材を用いるなどの新たな構造方法により、構造材である木材を内装仕上げとしてそのまま見せる「あらわし」設計が可能になりました。これは、従来の「木は燃えるものだから不燃材で完全に覆う」という思想から、「木材の燃えにくい特性を活かして安全性を確保する」という新たな設計思想への転換を促すものです。
  • 耐火性能基準の合理化: 建物の階数に応じて求められる耐火性能基準が、従来の1時間刻みから30分刻みになるなど、より柔軟で合理的なものに見直されました。これにより、特に中層建築物において、木造での設計自由度が高まりました。
  • 部分的な木造化の促進: 高い耐火性能を持つ壁や床で区画された範囲内であれば、大規模な耐火建築物の一部を木造化することが可能になりました。例えば、RC造のビルの最上階だけを木造にしたり、集合住宅のメゾネット住戸内を木造にしたりといった、多様なハイブリッド構造が実現しやすくなっています。

これらの法改正は、単なる規制緩和にとどまりません。木材の特性を科学的に評価し、それを設計に積極的に組み込むことを奨励するものであり、建築家やエンジニアの創造性を刺激し、新たな建築表現の可能性を切り拓いています。

普及を後押しする補助金制度

木造建築は、RC造やS造に比べて建設コストが割高になる場合があります。この初期コストのハードルを下げるため、国や地方自治体は多様な補助金制度を設けています。

国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)」や「優良木造建築物等整備推進事業」、林野庁の「CLT活用建築物等実証事業」などが代表的で、木造化による掛増し費用や、先導的な設計・施工技術の導入にかかる費用の一部を支援しています。また、東京都をはじめとする各自治体も、地域産材の利用や特定の技術導入を条件とした独自の補助制度を設けており、事業者が木造建築を選択しやすい環境が整備されつつあります。

これらの政策は、それぞれが独立して機能しているわけではありません。「都市の木造化推進法」が建築需要(川下)を創出し、「建築基準法改正」が設計・施工の障壁を取り除き、「補助金制度」が経済的なインセンティブを与える。そして同時に、林野庁などは林業や製材業(川上)の成長を支援する。これらが連動することで、伐採、加工、設計、建設、そして将来の再利用という「森林グランドサイクル」を実現するための、一貫したエコシステムが国全体で構築されつつあるのです。

木造建築を再定義する技術ブレークスルー

中高層建築を木で安全かつ合理的に建設することは、ひと昔前までは夢物語でした。しかし、近年の目覚ましい技術革新がそれを現実のものとしました。特に、「材料」「耐火」「耐震」「耐久」という4つの側面におけるブレークスルーが、現代木造建築の可能性を飛躍的に押し広げています。

新素材の登場 – CLTとLVLが拓く可能性

現代の木造中高層建築を語る上で欠かせないのが、CLT(Cross Laminated Timber)とLVL(Laminated Veneer Lumber)という2つのエンジニアリングウッドです。これらは、天然の木材が持つ弱点(強度のばらつき、乾燥収縮による寸法変化、異方性など)を克服し、鉄骨やコンクリートと同様に、品質が管理された工業製品としての高い信頼性を実現した材料です。

  • CLT(直交集成板): ひき板(ラミナ)と呼ばれる板材を、繊維方向が互いに直交するように重ねて接着した厚型パネルです。木材は繊維方向には強いものの、直交方向には弱いという性質(異方性)を持ちますが、CLTはこの構造によって縦横両方向への力を均等に分散させることができ、高い面内剛性と寸法安定性を誇ります。その特性から、主に壁、床、屋根といった「面」で建物を支える構造材として用いられます。
  • LVL(単板積層材): 丸太を薄くスライスした単板(ベニヤ)を、すべて繊維方向が平行になるように重ねて接着した材料です。木材の欠点である節や割れなどを分散させることで、非常に高い強度と安定性を実現しています。特に繊維方向の曲げ強度に優れるため、柱や梁といった「線」や「軸」として、建物の骨格を形成するのに適しています。

これらの新素材は、単に強いだけでなく、工場で精密に加工してから現場に搬入するプレファブリケーションを可能にし、現場作業の省力化と工期短縮にも大きく貢献します。

特徴CLT (直交集成板)LVL (単板積層材)
製造方法ひき板(ラミナ)を繊維方向が直交するように積層接着薄い単板(ベニヤ)を繊維方向が平行になるように積層接着
構造的特性面内方向(縦横)に均等な強度を持つ繊維方向に極めて高い強度を持つ
主な用途壁、床、屋根などの「面材」柱、梁などの「軸材・線材」
利点高い面内剛性、寸法安定性、プレハブ化による施工性向上高い曲げ強度、長尺材の製造が可能、軽量で高強度

「燃える」から「火に耐える」へ – 進化する木造の耐火技術

「木は燃えやすい」というイメージは、木造建築の安全性を考える上で最大の懸念点でした。しかし、最新の耐火技術は、このイメージを科学的に覆しています。木材は、ただ燃えるのではなく、「火に耐える」性能を持っているのです。

  • 燃えしろ設計: 木材はある程度の厚みがあると、火災時に表面が燃えて炭化層を形成します。この炭化層が断熱材の役割を果たし、内部への燃焼の進行を遅らせる効果があります。燃焼速度は毎分1mm程度と非常に緩やかで、この特性を利用し、火災時に構造耐力上必要な断面が残るように、あらかじめ燃える部分(燃えしろ)を設計に組み込むのが「燃えしろ設計」です。これにより、木材の美しい表情を現しにしながら、準耐火建築物としての性能を確保できます。
  • 被覆・メンブレン型耐火構造: 柱や梁といった構造躯体を、石こうボードなどの不燃材料で完全に被覆することで、火炎から直接保護する技術です。これにより、内部の木材は燃焼することなく、規定の時間、構造性能を維持し続けることができます。
  • 大臣認定制度: これらの技術や、木材と鋼材を組み合わせたハイブリッド部材などは、厳しい耐火性能試験を経て、国土交通大臣の認定を取得しています。現在では、1時間、2時間、さらには3時間耐火といった極めて高い性能を持つ木質部材が開発・実用化されており、高層建築物に必要な耐火性能を木造で満たすことが可能になっています。

「軽さ」と「しなやかさ」を活かす – 最先端の耐震設計

地震大国である日本において、耐震性は建築物の最も重要な性能の一つです。木造建築は、この点においても優れた特性を持っています。

  • 軽量であることの優位性: 地震時に建物が受ける力(地震力)は、建物の重さに比例して大きくなります。木材の重量はコンクリートの約1/5、鉄の約1/4であり、木造建築はRC造やS造に比べて非常に軽量です。そのため、建物全体が受ける地震のエネルギーが小さく、構造体へのダメージや家具の転倒リスクを軽減できます。また、建物が軽いことは、地盤への負荷を減らし、基礎工事の規模を縮小できるというメリットにも繋がります。
  • しなやかさによるエネルギー吸収: 木材は鉄やコンクリートに比べて、柔軟に変形する「しなやかさ(靭性)」を持っています。この性質により、地震の揺れのエネルギーを建物全体で吸収・分散させ、急激な倒壊を防ぐことができます。

近年の建築基準法改正により、木造住宅の耐震性能は大幅に向上しており、2000年以降の現行基準で建てられた木造建築物の倒壊率は極めて低いことが、熊本地震や能登半島地震の調査でも報告されています。中高層建築においては、さらに高度な構造計算やシミュレーション技術が用いられるほか、制振ダンパーなどのデバイスを組み込むことで、より高いレベルの安全性が確保されています。

長く使い続けるために – 木造の耐久性を高める設計

木造建築を長く、安全に使い続けるためには、木材の劣化要因である「水分」と「シロアリ」への対策が不可欠です。これらは、適切な設計と材料選定によって十分にコントロールすることが可能です。

  • 設計上の工夫(水を遠ざける):
    • 雨がかりの防止: 軒や庇を深く出すことで、外壁や開口部が直接雨に濡れるのを防ぎます。これは最も効果的な対策の一つです。
    • 通気構法の採用: 外壁材と構造体の間に通気層を設けることで、壁体内に侵入した湿気や結露を速やかに外部へ排出します。これは壁内結露による木材の腐朽を防ぐ上で必須の技術です。
    • 地面からの離隔: 基礎を高くし、土台となる木部を地面から十分に離すことで、地面からの湿気やシロアリの侵入リスクを低減します。
  • 材料と維持管理:
    • 耐久性の高い材料の選定: ヒノキやヒバのように元来腐朽や蟻害に強い樹種を選定したり、工場で防腐・防蟻処理を施した木材を使用したりすることも有効な手段です。
    • 計画的なメンテナンス: どのような建築物でも、その性能を長く維持するためには定期的な点検とメンテナンスが欠かせません。木造建築は、劣化箇所が目視で確認しやすく、補修も比較的容易であるという利点があります。設計段階から点検や補修のしやすさを考慮しておくことが、建物の長寿命化に繋がります。

技術革新は、かつて木造の「弱点」とされた部分を克服するだけでなく、木材が本来持つ「長所」を最大限に引き出す方向へと進化しています。私たちアルキテックは、木造、RC造、鉄骨造といったあらゆる構造形式の設計を手掛ける知見を活かし、それぞれの長所を組み合わせた最適なハイブリッド構造の提案を得意としています。さらに、自社開発した「木造制振ダンパーを使った超耐震パック」のように、単なる設計業務に留まらず、研究開発を通じて木造建築の性能向上にも積極的に貢献しています。

木で建てることの多面的なメリット

木造建築を選択することは、単に構造形式を選ぶ以上の意味を持ちます。それは、環境、経済、人、そして社会全体に対して、多岐にわたるポジティブな影響をもたらす総合的な価値創造行為と言えます。

環境への貢献 – 「炭素の貯蔵庫」としての建築

木造建築がサステナビリティの文脈で最も注目される理由の一つが、その卓越した炭素固定能力です。

  • CO2の吸収と固定: 樹木は成長過程で光合成を行い、大気中のCO2を吸収して炭素として幹や枝に蓄えます。
  • 都市の第二の森林: 伐採され、建材として利用された後も、その炭素は建物の寿命が尽きるまでの数十年間、あるいはそれ以上にわたって固定され続けます。つまり、都市に木造建築を増やすことは、いわば「第二の森林」を形成し、大気中のCO2を長期間にわたって貯蔵することと同じ効果を持ちます。ある研究によれば、同規模のRC造建築物と比較して、木造建築物の炭素固定量は4倍近くに達するとも言われています。

さらに、木材は製造・加工に必要なエネルギーが鉄やコンクリートに比べて格段に少なく、建設段階でのCO2排出量(エンボディド・カーボン)を大幅に削減できるという利点もあります。

経済性と施工性 – 工期短縮とコスト削減の可能性

木造建築は、経済的な合理性の面でも多くのメリットを提供します。

  • 軽量性によるコスト削減: 前述の通り、木材は非常に軽量なため、建物の自重が軽くなります。これにより、建物を支える基礎の規模を小さくでき、基礎工事にかかるコストを削減できます。地盤が比較的軟弱な土地でも、大規模な地盤改良が不要になるケースもあります。
  • 工期短縮: CLTやLVLといったエンジニアリングウッドは、工場で高精度にプレカットされ、現場では組み立てるだけの作業が多くなります(プレファブリケーション)。これにより、現場での作業量が減り、天候に左右されにくくなるため、全体の工期を大幅に短縮することが可能です。工期の短縮は、現場の仮設費用や人件費の削減に直結し、プロジェクト全体のコスト効率を高めます。

人への貢献 – 心地よく健康的な空間づくり

木は、機能的な性能だけでなく、人間の心身にも良い影響を与える素材です。

  • バイオフィリア効果: 人は本能的に自然とのつながりを求める性質(バイオフィリア)があると言われています。木の温かみのある質感、美しい木目、そしてほのかな香りは、人々に心理的な安らぎやリラックス効果をもたらし、ストレスを軽減します。
  • 快適な温熱環境: 木材は熱を伝えにくい性質(低い熱伝導率)を持っています。これは、コンクリートの約10倍、鉄の約400倍もの断熱性能に相当します。そのため、外気の影響を受けにくく、夏は涼しく冬は暖かい、快適な室内環境を保ちやすくなります。足元からの冷えも感じにくく、省エネルギーにも貢献します。
  • 天然の調湿効果: 木材には、室内の湿度が高いときには水分を吸収し、乾燥しているときには水分を放出する「調湿効果」があります。これにより、室内の湿度が安定し、高温多湿な日本の気候でも結露やカビの発生を抑制し、健康的な空気環境を維持できます。

社会への貢献 – 国内林業の活性化と地方創生

建築物での木材利用、特に国産材の利用を増やすことは、日本の社会的な課題解決にも繋がります。

  • 豊富な森林資源の活用: 日本は国土の約3分の2(約67%)を森林が占める、世界有数の森林国です。戦後に植林された人工林の多くが本格的な利用期を迎えており、これらの豊富な資源を有効活用することが求められています。
  • 林業の活性化: 建築分野で国産材の需要が高まることは、林業や木材産業の活性化に直結し、山村地域の雇用創出や経済の活性化に貢献します。
  • 健全な森林の育成: 「伐って、使って、植えて、育てる」という森林資源の循環利用(森林グランドサイクル)を促進することは、CO2吸収能力の高い若い木々が育つ健全な森林を維持・育成することにも繋がり、国土の保全や水源涵養といった森林の多面的な機能の維持にも貢献します。

これらのメリットは、それぞれが独立しているわけではありません。例えば、「環境配慮型の建物」であることは、SDGsやESG投資を重視するテナント企業にとって大きな魅力となり、結果として不動産価値の向上に繋がります。また、「快適で健康的なオフィス空間」は、従業員の生産性や満足度を高め、企業価値の向上に貢献します。このように、環境、経済、人、社会への貢献が相互に連携し、相乗効果を生み出すことこそが、木造建築が持つ真のポテンシャルなのです。

未来の実現:日本の木造中高層建築プロジェクト事例

これまで述べてきた理論や技術は、すでに日本の都市風景を具体的に形作り始めています。ここでは、木造中高層建築の可能性を象徴する、国内の最先端プロジェクトをいくつかご紹介します。

事例1:HULIC &New GINZA 8(ハイブリッド構造の商業ビル)

東京・銀座という、日本を代表する商業地の一角に立つこのビルは、日本初となる12階建ての耐火木造商業施設です。構造は木造と鉄骨造を組み合わせたハイブリッド構造で、耐火集成材の柱・梁やCLTの天井が「あらわし」でデザインされており、都市の中心で木の温もりと力強さを感じることができます。厳しい防火規制が適用される都心部において、経済合理性とデザイン性を両立させながら木造建築を実現したこのプロジェクトは、都市木造の普及に向けた大きな一歩となりました。

事例2:Port Plus(大林組 次世代型研修施設)

横浜市に建設された大林組の次世代型研修施設「Port Plus」は、地上11階建て、高さ44mの、主要構造部(柱・梁・床・壁)のすべてを木材で構成した、国内で最も高い「高層純木造耐火建築物」です。この建物の実現には、数多くの独自技術が投入されています。特に、日本で初めて3時間耐火性能の国土交通大臣認定を取得した構造部材「オメガウッド(耐火)」や、高層化に不可欠な強度と剛性を確保するための接合部技術「剛接合仕口ユニット」は、今後の純木造建築の可能性を大きく広げるものです。Port Plusは、木造建築技術のフロンティアを切り拓く、まさにマイルストーンと言える存在です。

事例3:日本橋本町三井ビルディング &forest(計画中の大規模オフィス)

三井不動産と竹中工務店が東京・日本橋で計画を進めているこのプロジェクトは、地上18階・高さ約84mに及ぶ、大規模な木造ハイブリッド賃貸オフィスビルです。大手デベロッパーが都心の一等地でこれほど大規模な木造オフィス開発に乗り出すという事実は、木造建築が一部の先進的な取り組みに留まらず、商業用不動産開発のメインストリームになりつつあることを力強く示しています。このビルでは、耐火集成材などの最先端技術が導入され、同規模の鉄骨造オフィスビルと比較して、建設時のCO2排出量を約30%削減することが見込まれています。

多様な用途で広がるCLTの活用

これらの象徴的なプロジェクト以外にも、CLTは様々な建築物でその特性を活かしています。学校建築では、CLTを現しで使うことで、子どもたちが木の温もりに触れられる学習環境を創出しています。また、庁舎の耐震壁としてCLTを採用し、災害時の拠点としての安全性を高めた事例や、店舗建築でCLTパネル工法を用いることで工期を大幅に短縮した事例など、その適用範囲は急速に広がっています。

これらの事例から見えてくるのは、「純木造」と「ハイブリッド構造」が競合するものではなく、建物の用途、規模、立地、コストといった諸条件に応じて最適な解を導き出すための、適材適所の関係にあるということです。Port Plusのような純木造プロジェクトが技術の限界を押し広げ、HULIC &New GINZA 8のようなハイブリッド構造プロジェクトが現実的で普及しやすいソリューションを示す。この両輪が、木造建築の未来を力強く牽引しています。また、事例が多様化していることは、木造建築の技術が「実験」のフェーズから、様々な用途に適用可能な「普及」のフェーズへと移行しつつあることを示唆しています。

結論:木造建築の未来と、専門家集団の役割

本ブログでは、サステナブル建築の大きな潮流の中で、木造中高層建築がなぜ今、これほどまでに注目を集めているのかを、政策、技術、メリット、そして実例という多角的な視点から解説してきました。

LCCMやサーキュラーエコノミーといった新しい価値基準の台頭は、単にエネルギー効率が良いだけでなく、ライフサイクル全体で環境負荷が低く、資源として循環可能な建築を求めています。この要請に対し、炭素を貯蔵し、再生可能である木材は、極めて優れた答えを提供します。

かつて木造化を阻んでいた耐火性や耐震性、耐久性といった技術的な課題は、CLTやLVLといった新素材の開発、燃えしろ設計や大臣認定制度といった耐火技術の進化、そして科学的な知見に基づく耐久設計によって、次々と克服されてきました。これに「都市の木造化推進法」や建築基準法改正といった強力な政策支援が加わり、木造中高層建築は今や、一部の特殊な事例ではなく、都市建築における現実的で有力な選択肢となったのです。

その価値は、環境負荷の低減に留まりません。軽量性やプレファブリケーションによる工期短縮・コスト削減の可能性、木の温もりや調湿効果がもたらす快適で健康的な空間、そして国内の森林資源を活用することによる林業再生と地方創生への貢献など、経済、人、社会の各側面において多面的なメリットをもたらします。

今後、さらなる技術開発やサプライチェーンの成熟、そして社会的な認知の拡大により、木造建築はさらに大規模化・多様化していくことが予想されます。しかし、これらの先進的な建築を実現する道のりは平坦ではありません。木材という自然素材の特性を深く理解し、構造、環境、材料、法規といった多岐にわたる専門知識を高度に統合し、プロジェクト全体を俯瞰して最適解を導き出す、極めて専門的なエンジニアリング能力が不可欠です。

私たちアルキテック株式会社は、建築の構造設計と環境・設備設計を両輪とし、さらに大学との連携による研究開発(R&D)までを一貫して手掛ける、他に類を見ない専門家集団です。私たちは、安全性という建築の根幹を支える構造技術と、快適性・持続可能性を追求する環境技術を融合させることで、これからの時代が求める建築の価値を創造します。木造中高層建築という新しいフロンティアにおいて、私たちの持つ統合的な知見と技術は、お客様のプロジェクトを成功に導くための強力な推進力となると確信しています。未来の建築を、クライアントの皆様と共に創造していくこと。それが、私たちアルキテックの使命です。

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