はじめに:避けられない東京の地震リスクという現実
日本の首都、東京。この世界有数の大都市で暮らす上で、地震のリスクは決して無視できない現実です。政府の地震調査研究推進本部は、今後30年以内にマグニチュード7クラスの首都直下地震が発生する確率を約70%と予測しています。これは「もしも」の話ではなく、「いつ起きてもおかしくない」未来です。
内閣府の被害想定によれば、都心南部直下地震が発生した場合、最悪のシナリオでは死者約23,000人(うち約7割が火災によるもの)、建物全壊・焼失棟数約61万棟、経済被害は国家予算に匹敵する約95兆円に達するとされています。
これらの数字は非常に深刻ですが、いたずらに不安を煽るためではありません。この現実を直視し、科学的なデータと専門的な知見に基づいて、確かな備えをすることこそが重要です。本記事では、建築構造と環境技術の専門家集団であるアルキテック株式会社が、東京で本当に安全な家を建てるための、具体的かつ実践的な道筋を示します。
私たちアルキテックは、単なる設計事務所ではありません。「誠実で創意工夫を凝らした設計と技術コンサルティング」を理念に掲げる、総合エンジニアリング事務所です。社内に本格的な構造実験設備を持つ技術研究所を併設し、常に技術開発の最前線で研究を重ねています。本稿では、その専門的知見に基づき、東京23区の地震リスクを徹底分析し、安全な家づくりのための指針を解説します。
第1章 東京の二つの顔:住所がリスクを左右する理由
東京23区の地震リスクを理解する上で、最も重要な要素は「地盤」です。23区の地形は、大きく二つのエリアに大別され、どこに家を建てるかによって、地震時の揺れ方や被害の様相が大きく異なります。
安定した高台「武蔵野台地」と揺れやすい低地「沖積低地」
武蔵野台地(むさしのだいち)
23区の西側に広がるのが、この武蔵野台地です。練馬区や杉並区などがこれにあたります。約10万年以上前に形成された古く安定した土地で、火山灰が堆積してできた「関東ローム層」と呼ばれる固い地層で覆われています。この固い地盤は、地震の揺れを増幅させにくく、液状化のリスクも低いという特徴があります。
沖積低地(ちゅうせきていち)
一方、23区の東側、荒川や隅田川沿いに広がるのが沖積低地です。荒川区、墨田区、江東区、江戸川区などが代表的です。これらは比較的新しい時代に、河川が運んだ土砂や海の堆積物によって形成された土地です。水分を多く含んだ柔らかい地層で構成されており、地震が発生すると、まるでプリンのように揺れを大きく増幅させる性質(地盤増幅)があります。また、液状化現象が発生しやすいエリアでもあります。
リスクを増大させるもう一つの要因「市街地の密集」
地盤のリスクに加えて、都市の構造そのものが二次的なリスクを生み出します。特に深刻なのが「木造住宅密集地域(木密地域)」の存在です。
これらの地域は、主に戦後の復興期に形成され、古い木造家屋が隙間なく建ち並び、道幅が狭く、公園などのオープンスペースが少ないという特徴があります。このような環境は、地震発生時に二つの大きな危険をもたらします。
- 建物倒壊リスク:旧耐震基準で建てられた老朽化した建物が多く、地震の揺れで倒壊しやすい。
- 火災延焼リスク:一軒で発生した火災が、瞬く間に隣家へと燃え広がり、大規模な市街地火災に発展する危険性が極めて高い。1923年の関東大震災では、死者の約9割が火災によるものだったという教訓は、今なお重い意味を持っています。
この木密地域は、地盤の弱い沖積低地が広がる23区東部に多く分布しており、「揺れやすい地盤」と「燃えやすい街並み」という二重のリスクを抱えています。東京都も「不燃化特区制度」などの対策を進めていますが、依然として多くの課題が残されています。
一方で、「安全」とされる武蔵野台地も決して万全ではありません。近年の研究では、台地の地下にかつての川の跡である「埋没谷」が存在し、局所的に揺れやすくなる可能性があることが指摘されています。つまり、「どの区か」という大まかな括りだけでなく、建設予定地のピンポイントの地盤特性を把握することが、安全な家づくりの絶対条件となるのです。
第2章 危険度の解読:構造のプロによる23区エリア別分析
ここでは、最も信頼性の高い公的データである東京都都市整備局の「地震に関する地域危険度測定調査(第9回)」に基づき、23区のリスクを専門家の視点で分析します。この調査は、以下の3つの指標で各地域(町丁目単位)を評価しています。
- 建物倒壊危険度:地震の揺れによる建物の倒壊しやすさ。地盤の種類や建物の構造・築年数に影響される。
- 火災危険度:火災が発生し、燃え広がる危険性の高さ。建物の密集度や構造(木造か耐火建築か)、道路の幅員などが影響する。
- 総合危険度:上記2つの危険度に、避難や消火・救助活動のしにくさ(災害時活動困難度)を加味して総合的に評価したもの。
東京23区 地震リスク概要
以下の表は、23区の総合危険度をランキング形式でまとめ、その地域の地形的な特徴と主なリスク要因を整理したものです。ご自身の関心のあるエリアの全体像を把握するためにお役立てください。
| 総合危険度ランク | 区名 | 地形分類 | 主なリスク要因 | 注目すべきエリア・注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 【危険度:高】 | ||||
| 23位 | 荒川区 | 沖積低地 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集、液状化 | 荒川・隅田川沿いは特に注意が必要。火災延焼リスクが極めて高い。 |
| 22位 | 葛飾区 | 沖積低地 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集、液状化 | 区の大部分が低地。建物倒壊と火災の両面で対策が必須。 |
| 21位 | 墨田区 | 沖積低地 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集、液状化 | 木密地域が多く、火災危険度が特に高い。道路の狭さもリスク。 |
| 20位 | 北区 | 沖積低地/台地混合 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集 | 荒川沿いの低地と、西側の台地でリスクが大きく異なる。 |
| 19位 | 中野区 | 武蔵野台地 | 木造住宅密集 | 地盤は比較的良好だが、駅周辺などに密集市街地が存在し火災リスクが高い。 |
| 18位 | 品川区 | 沖積低地/台地混合 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集 | 東側の湾岸・河川沿い低地と西側の台地で特性が二分される。 |
| 【危険度:中】 | ||||
| 17位 | 江戸川区 | 沖積低地 | 地盤の揺れやすさ、液状化 | ゼロメートル地帯が広がり、水害リスクも高い。液状化対策が重要。 |
| 16位 | 足立区 | 沖積低地 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集 | 荒川・隅田川に挟まれたエリアは、倒壊・火災リスクが高い。 |
| 15位 | 大田区 | 沖積低地/台地混合 | 地盤の揺れやすさ、木造住宅密集 | 湾岸・多摩川沿いの低地と、内陸の台地でリスクが混在。 |
| 14位 | 豊島区 | 武蔵野台地 | 木造住宅密集 | 地盤は比較的強いが、駅周辺の商業地・住宅地の密集度が高い。 |
| 13位 | 台東区 | 沖積低地 | 木造住宅密集、地盤の揺れやすさ | 下町エリア特有の密集市街地が多く、火災危険度が高い。 |
| 12位 | 杉並区 | 武蔵野台地 | 木造住宅密集 | 地盤は安定しているが、一部に密集地域があり火災リスクに注意。 |
| 11位 | 江東区 | 沖積低地/埋立地 | 液状化、地盤の揺れやすさ | 湾岸エリアは液状化リスクが非常に高い。地盤改良が前提となる。 |
| 【危険度:低】 | ||||
| 10位 | 文京区 | 武蔵野台地 | – | 地盤は強固。区画整理が進んだエリアが多く、比較的安全。 |
| 9位 | 新宿区 | 武蔵野台地 | – | 新宿駅西側は淀橋台と呼ばれる強固な高台。神田川沿いは注意。 |
| 8位 | 練馬区 | 武蔵野台地 | – | 23区内で最も揺れにくいとされるエリアの一つ。地盤リスクは低い。 |
| 7位 | 板橋区 | 武蔵野台地 | – | 荒川沿いを除き、大部分が安定した台地上に位置する。 |
| 6位 | 目黒区 | 武蔵野台地 | – | 高台が多く、地盤は安定。高級住宅街は区画も広く安全性が高い。 |
| 5位 | 世田谷区 | 武蔵野台地 | – | 地盤は良好だが、多摩川や河川沿いの「谷底低地」は要確認。 |
| 4位 | 渋谷区 | 武蔵野台地 | – | 渋谷駅周辺は谷地形だが、大部分は安定した台地上にある。 |
| 3位 | 中央区 | 沖積低地/埋立地 | – | 埋立地が多いが、近年の建築物は高い耐震基準で設計されている。 |
| 2位 | 港区 | 武蔵野台地 | – | 麻布や赤坂などの高台は地盤が非常に強固。区画も広く安全。 |
| 1位 | 千代田区 | 武蔵野台地 | – | 皇居周辺の強固な地盤。倒壊・火災リスクともに23区で最も低い。 |
(出典: 東京都都市整備局「地震に関する地域危険度測定調査(第9回)」のデータを基にアルキテック株式会社が作成)
エリア別・プロの視点からの注意点
危険度が高いゾーン(荒川区、墨田区、足立区など)
これらの区は、前述の通り「揺れやすい沖積低地」と「燃えやすい木密地域」というリスクが重なっています。ここで家を建てる場合、安全確保は妥協できない最優先事項です。
- 対策:まず、精密な地盤調査と、その結果に基づく適切な地盤改良が不可欠です。建築基準法で定められた最低限の耐震性(耐震等級1)をクリアするだけでは不十分であり、より高いレベルの耐震性能(耐震等級3など)を目指すべきです。さらに、揺れそのものを吸収・低減する「制震」技術の導入を強く推奨します。外壁材や内装材も、燃えにくい不燃・準不燃材料を選択することが重要です。
危険度が低いゾーン(千代田区、港区、練馬区など)
これらの区は、安定した武蔵野台地上にあり、地盤のリスクは相対的に低いと言えます。しかし、ここで注意すべきは「低いリスク」が「ゼロリスク」を意味しないという点です。
- 対策:最大の油断は「地盤が良いから家は大丈夫だろう」という思い込みです。どんなに強固な地盤の上でも、建物自体の耐震性が低ければ倒壊します。特に、1981年の「新耐震基準」以前、あるいは木造住宅の基準が大幅に強化された2000年以前の建物には注意が必要です。ここで家を建てる場合は、現行の建築基準法を遵守することはもちろん、信頼できる構造設計者による質の高い設計が、安全を確実なものにします。
危険度が混在するゾーン(新宿区、渋谷区、品川区など)
これらの区は、区内に安定した台地と、河川が削ってできた「谷底低地」と呼ばれる軟弱な地盤が複雑に入り組んでいます。例えば新宿区は、高層ビル街が広がる西側は「淀橋台」という強固な台地ですが、神田川沿いのエリアは地盤が異なります。
- 対策:こうしたエリアでは、「〇〇区だから安全・危険」という区単位の評価は全く意味をなしません。同じ町内でも、道を一本隔てただけで地盤状況が全く違うこともあります。したがって、建設予定地そのもののピンポイントでの地盤調査が絶対的に不可欠です。マクロなハザードマップを鵜呑みにせず、ミクロの視点で土地のリスクを正確に把握することが、すべての第一歩となります。
第3章 災害に強い家の設計図:基礎から躯体までの選択肢
地域の地震リスクを理解したら、次はそのリスクに打ち克つための具体的な建築技術を選択する段階です。安全な家は、運や偶然ではなく、専門家による意図的なエンジニアリングの積み重ねによって実現します。
Step 1:土地を正確に知る ― すべての始まりは精密な地盤調査から
2000年の建築基準法改正により、木造住宅を建てる際には地盤調査が事実上義務化されました。これは安全な家づくりの根幹をなす、極めて重要なプロセスです。
一般的な調査法(SWS試験)とその限界
現在、戸建て住宅で最も広く用いられているのが「スクリューウェイト貫入試験(SWS試験、旧スウェーデン式サウンディング試験)」です。これは、先端がスクリュー状になった鉄の棒を地面に貫入させ、その回転数や沈み方から地盤の固さを測定する方法です。手軽でコストが安い一方、大きな弱点も抱えています。SWS試験はあくまで「点」で地盤を調べるため、地中の石やコンクリートガラに当たると、実際には軟弱な地盤でも「固い」と誤った判断をしてしまうことがあります。逆に、この不正確さから、本来は不要なはずの高額な地盤改良工事が必要と判定されるケースも少なくありません。
アルキテックが採用する先進技術「表面波探査法」
私たちアルキテックでは、より高精度な「表面波探査法」による地盤調査を推奨しています。これは、地面に人工的な振動(表面波)を起こし、その波が伝わる速さを複数の検出器で測定することで、地盤の固さ(支持力)を解析する技術です。
- 「面」で捉える:SWS試験が「点」であるのに対し、表面波探査法は一定の範囲を「面」として評価します。これは、建物全体を面で支える「ベタ基礎」との相性が非常に良く、より現実に即した評価が可能です。
- 高精度な解析:地盤の固さだけでなく、建物の重さによる沈下のしやすさ(沈下特性)まで詳細に解析できます。
- トータルコストの削減:調査費用自体はSWS試験より高価ですが、その高い精度によって不要な地盤改良工事を回避できる可能性が高まります。結果として、「調査費+改良工事費」のトータルコストを大幅に削減できるケースが数多くあります。
Step 2:最適な防御レベルを選ぶ ― 最低基準の先へ
地震から建物を守る技術には、大きく分けて3つのレベルがあります。それぞれの特徴を理解し、予算や求める安全レベルに応じて最適なものを選択することが重要です。
耐震:揺れに「耐える」基本構造
「耐震」は、柱や梁、壁(耐力壁)などを頑丈にし、建物全体を固くすることで、地震の力に力ずくで抵抗する考え方です。建築基準法で定められているのは、この「耐震」構造です。1981年の新耐震基準では「震度6強~7程度の大地震で倒壊・崩壊しないこと」が目標とされています。
- メリット:最も一般的で、コストが比較的安い。
- デメリット:建物自体は激しく揺れるため、室内の家具転倒や建物の損傷は避けられません。また、本震に耐えたとしても、繰り返される余震によってダメージが蓄積し、強度が低下する可能性があります。
制震:揺れを「吸収する」賢い選択
「制震」は、強固な耐震構造をベースに、ダンパーと呼ばれる「振動吸収装置」を組み込む技術です。地震のエネルギーをダンパーが吸収し、熱エネルギーなどに変換して放出することで、建物本体の揺れを大幅に低減します。
- メリット:建物の揺れを20~50%程度抑えることができ、構造体へのダメージを軽減します。家具の転倒リスクも低減し、繰り返される余震にも効果を発揮します。
- デメリット:耐震構造に比べてコストは上がりますが、次に述べる免震よりは安価です。
アルキテックでは、高性能オイルダンパーと、一棟一棟の設計に合わせた最適な配置を導き出す「時刻歴応答解析」を組み合わせた独自の「超耐震パック」をご提供しています。これは、コストを抑えながらも、耐震だけでは得られない高いレベルの安心感を実現するソリューションです。
免震:揺れを「受け流す」最高レベルの防御
「免震」は、建物の基礎と上部構造の間に積層ゴムやベアリングなどの免震装置を設置し、地面と建物を切り離す技術です。地震が起きても、地面だけが揺れ、建物はゆっくりと動くだけで、揺れが直接伝わるのを防ぎます。アルキテックでは構造設計が極めて難しい戸建て住宅の免震にも取り組んでいます。ご興味のある方は是非お問い合わせ下さい。
- メリット:3つの構造の中で最も揺れを抑える効果が高く、建物だけでなく内部の人間や財産を最も安全に守ることができます。
- デメリット:導入コストが非常に高く、定期的なメンテナンスも必要です。また、設置できる土地の条件にも制約があります。
Step 3:デザインと安全を両立する革新的技術
現代の構造設計は、単に建物を頑丈にするだけではありません。優れたデザイン性と快適な居住空間を損なうことなく、最高レベルの安全性を実現することが求められます。アルキテックでは、自社の技術研究所での研究開発を通じて、こうしたニーズに応える独自の技術を生み出しています。
例えば、独自開発の耐力壁「ウッドブレース」や「木造用極細柱」は、従来の耐力壁に比べて非常にスリムでありながら、高い強度を確保します。これにより、耐震性を確保するために壁だらけの閉鎖的な空間を作る必要がなくなり、開放的な大空間リビングや大きな窓といった、自由度の高い建築デザインが可能になります。
結論:専門家というパートナーと共に、確かな安心を築く
東京で安全な家を建てることは、決して不可能な挑戦ではありません。しかし、それは「どこに住むか」という運任せの選択や、最低限の基準を満たすだけの画一的な設計では実現できません。
成功への鍵は、「自らが建てる土地の固有のリスクを科学的に把握し、そのリスクに見合った最適な建築技術を専門家と共に選択・実行すること」に尽きます。23区というマクロな視点から、町丁目、そして最終的には自身の敷地というミクロの視点へと分析を深め、地盤の特性を正確に理解することからすべてが始まります。その上で、耐震・制震・免震といった技術の特性を理解し、予算とライフプランに合わせた最適な構造を選択することが不可欠です。
私たちアルキテック株式会社は、建築家やデベロッパーと共に多様な建築物を手掛ける総合エンジニアリング事務所として、お客様一人ひとりの状況に合わせたソリューションを提供します。博士号を持つ研究者や大学で教鞭をとる専門家が役員に名を連ね、常にアカデミックな知見と実践的な設計技術を融合させています。
「表面波探査法」による精密な地盤診断から、独自の制震システム「超耐震パック」の導入、そして「ウッドブレース」のような革新的部材を用いた自由な空間設計まで、私たちは構造設計のプロフェッショナルとして、お客様の安全と安心を形にするためのあらゆる技術と知識を備えています。
ご家族の安全を、憶測や思い込みに委ねないでください。これから家づくりを始める方も、すでにお持ちの土地のリスクを知りたい方も、あるいは既存住宅の耐震性に不安を感じている方も、ぜひ一度アルキテックにご相談ください。構造のプロフェッショナル集団が、皆様の究極の安心を築くためのお手伝いをいたします。









